あの頃のわたしへ・ 私が私を出せなかった頃編①

*このストーリーは2015年出会った、個人事業主のプロフィールストーリーを書くお仕事をしていきたいという方が書いてくださった記事です。

この頃の私は、そうは言っても人の目・周りの目が気になり。

自分を自由に表現できずにいました。こんなこと書いたらどう思われるだろう・・・

ブログなどで外へ表現していた経歴が長かったのに

何度となく当たってきた壁で、すっかり落ちてしまったセルフイメージや

傷ついた自尊心が阻んで、本当は表現したいことがあるのになかなか外に発信できなくなっていましたし

離婚をしたことも周りにも話せずいました。

そんなのめちゃダサいと思ったし。恥ずかしい自分と思っていたし・・

今振り返ると、親に申し訳ない気持ちになっていただけでした。

そんな時にご縁のあったライターさんが

そのストーリー、みんなの勇気になるよ!書いてあげるよ!!と

私のことをプロフィールストーリーにしてくれたのです。

でもこのストーリーは

それは書かないで

そこはそんな表現しないで!

と、本当は、私の価値である部分・周りが魅力だと思う部分の表現を私が指示してカットさせてしまっていたのです。

え〜!これ書かなかったら魅力が伝わらないよーもったいないよ〜って言われるところは

私が闇でしかないと思っていた部分だったりしてたんですね(壁に当たって乗り越えた様など)

その姿を書いてくれようとしていたのに・・・

今思うとなんてことよ。

そんな当時のわたしが表現にかなり制限をかけた中でも

出来る限りの表現で、偽りなく表現してくれたストーリーを

改めてこちらで紹介いたします。

2015年に書いていただいた文章そのままを載せてあります。

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私のライフストーリーをインタビュー記事としてまとめてもらいました。

これから5回に分けて連載していきます。

新潟で生まれ育った私。

小さいころは、ちょうどバブル時代の全盛期で、豪華に海外へ社内旅行をするなんて会社もたくさんありました。

そのため、旅行業界は大忙し。旅行会社で添乗員をしたりカウンター業務をしたりしていた母親の影響で、常に家の中は海外のいろんな地域の情報や話題にあふれていたので、私も幼いころから異国文化や海外に興味を持っていました。

でも大多数の若者と同じ通り、なんとなく短大まで進学して、そのあとはなんとなく東京で就職。

26才で同い年の男性と結婚もして会社も辞めて、専業主婦に。

とくに不満もないけど、充実してる手ごたえのようなものもない。

そんな、平凡な悩みをモヤモヤ抱えた専業主婦の私に、大事件が起こりました。

1999年7月のことです。

なんと夫が大きな交通事故に遭ってしまいます。さらに一生後遺症が残るかもしれないとのこと!

「もしかしたらこの先ずっと、彼の介護をする人生になるかもしれない」

「“明日”は当たり前に来るものではない」

それだったら、最後に、今まで何回も行ったことがある東南アジアに行っておきたい。

とくに雰囲気や建築なんかが気に入ってたタイがいいな。

夫も賛成してくれたので、人生最後の記念のつもりで、タイに行きました。

そして、そこで出合ってしまったんです。

人生を変えるものに。

そう、タイ式マッサージ!

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