myストーリー・生き方ごとを商売に活かすセラピスト物語⑬

*こちらの記事は
2016〜2017年に通った
商売講座の課題で書いた
プロフィールストーリーです。

軌道に乗った自宅サロンも
思ったものと違ってきた・・

初めてタイマッサージを
誰かにやろうとした時、
自分の体力がなく
やってあげたい気持ちがあっても
思うようにできなくて。
体力をつけるために
スポーツクラブに行ったり、
一駅前で降りて歩いたり走ったり。
自分の身体を気遣ったりと
まずは自分が元気でなけれは
誰にも何もできないことを痛感し。

「誰かのために」
生徒さんであれ、スタッフであれ
お客様や家族、相手を思い寄り添いながらという
相手をここまで意識するという
ものの見方は、それまでの自分には
あまりなかったのですが
タイマッサージに出会ったことで
仏教精神の教えは生き方そのもので
(その後、古事記を通した日本人の考え方、の方が
しっくりきたのですが
この頃は仏教精神から
相手を思いやるということをたくさん学べました)


マッサージを誰かにやるという行為は
誰かに喜ばれながら
自分自身が成長していくという
まるで魔法のようで。
お客様に喜んでもらいながら
私自身の心の成長もさせてもらえる。
おまけに自分が一番
元気になっていき
寝込むことも多かったのですが
風邪一つひかなくなりました。


自分で仕事をするということに対して
物を売ることのように感じていた私にとって

セラピストのように
無形商品を扱う人は
自分自身が商品であり、

自分自身の考え方、想いが
そのまま商品になるように思えてきました。

身体の変化とともに考え方、
心が変わっていき
自分が喜び、
誰かの喜びのために
心の変化が現実を変え

そういった生き方そのものを
ブログでの発信や言葉として伝えていく
生き方そのもの、
仕事そのものが
介護を通じて家族にも役に立っていくことは
自分でも想像しなかった人生であり

また、介護を通じて
親子の関係性が深まっていくにつれ
介護とは誤魔化していた
家族の問題も浮き彫りになっていくことも目の当たりにしました。
(私の家の場合は母と祖母の親子関係や
私自身の親子問題も浮上しました)

家庭という
小さなコミュニティーの関係性が、
外側の職場などの人間関係につながっていて
その根底は
自分自身を自分がどうみているかということが
関係しているように感じて
我慢に我慢を重ねて、
人の目を気にした田舎の生活
人からの評価を気にしている生活の中で、
身体からまず楽になる感覚を味わってほしい
来る日もくる日も
とにかくこんなに疲れている
身体に気づこう!
そんなメッセージを発し続けました。


人の目を気にせず、
気持ちを吐き出せる場でありたい
心が軽くなるために、
話せることを話していって!

夕方以降はデイサービスから帰ってくる
祖母の介護があるため
朝の9時から祖母の帰宅までずっと
お客様の身体と心の内側を聞き
開業から1年後、祖母が施設入居をした後は
9時〜22時頃までをお客様の時間に使い・・・

もみっぱなし
聴きっぱなし
しゃべっぱなし

訴えてくるのは身体の違和感であるが
その感じている身体の違和感は
心のあり方、考え方から
来てることがわかっているものの
自分は身体をどうにかしているわけじゃない!!
ただ愚痴を聞いているだけの役目じゃない!!!

じゃあ何を???


答えの出ないまま
本当に休みもなく朝から夜までお客様対応の日々で。

何をやっているのか
何をやりたかったのすらわからなくなり


内心、
お前たちの吐き出し場じゃないんだ
私だって聞いて欲しいことたくさんあるのに
私だって
私ばっかり

いつしかそんな気持ちの方がたくさんになってきました。


自分の人生がある
そう思って
それは独立開業することだと
そんな小さな視点でしか
ものを見れていなかったので。

あらゆることにつまづき
お客さんのせい
実家という環境のせい
親のせい
自分の未熟さのせい

たくさんの「せい」にして
どうにもならない気持ちを
一人で抱えていた頃でした



生き方ごとを商売に活かすセラピスト物語14に続く





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